118種類ある元素は、それぞれが多様な結合状態をとります。それらの組み合わせには無限といってよい可能性があり、まだまだ探求しつくされていません。狩野直和教授の研究室では、これら未知化合物の合成に挑み、元素の持つ新たな可能性を開拓しています。
狩野 典型元素というのは、周期表の右側と左側にある元素を指します。その中で私が研究対象にしているのは、ホウ素、アルミニウム、ケイ素、リン、イオウ、ゲルマニウムといった元素です。有機典型元素化学はこれらの元素の新たな構造、性質や機能を研究する分野で、いわば有機化学と無機化学の境界にある領域といえます。
狩野 はい。たとえば炭素とケイ素は似た性質を示すといわれますが、炭素同士の二重結合はごくありふれているのに、ケイ素同士の二重結合を作るのはかなり難しいなど、大きな違いがあります。
狩野 我々の研究室では、主に高配位状態の化合物の合成を手がけています。たとえばケイ素原子には通常4つの原子が結合しますが、これより多くの原子が結合しているのが高配位状態です。ケイ素の場合は、炭素や窒素では実現しにくい5つや6つの原子と結合した状態をとることができ、これらは4つの原子と結合した通常のケイ素とは全く異なる性質を示します。このように、普通は見ることのできない元素の性質を引き出していくことが我々の目標です。
様々な元素を扱う面白さは、いうなれば料理に似ています。鍋で煮るという調理法は同じでも、素材が違えば全く別の味の料理ができます。これと同じで、元素ごとの持ち味を引き出せるわけです。
狩野 通常とは異なる配位状態の原子は不安定なことが多いので、安定な化合物として取り出すために工夫なのです。たとえば中心の典型元素に電子を引き寄せる原子団を結合させ、電荷を分散することで安定化するように工夫を施しています。また、大きな原子団で周りを覆うことで、他の試薬と反応しないようにガードする方法も使います。
狩野 そもそも誰も作ったことのない化合物を作ろうとするので、どうすれば狙った化合物を作れるのかわからないことが多く、一番工夫のしがいがあります。ある元素では成功した方法でも、別の元素になると上手くいかないことがよくあります。たとえ目的化合物が合成できても、空気中で分解しやすいせいで、不活性ガスの中で取り扱わないといけないことがあります。
狩野 仮説を立てて、予想した通りの化合物が得られた時や、狙い通りにうまくいった時はうれしいですが、その一方で研究を進める途中に予想外のことが起こり、こういうことか!と解き明かす瞬間もまた感動があります。
まだ東大にいた頃に、5配位のケイ素原子同士が結合した化合物の合成を報告しました(上の図の化合物)。これも予想外に得られた化合物の一つです。5配位のケイ素を含む化合物はマイナスの電荷を持っているので、当初は5配位のケイ素同士の結合ができることを想定していませんでした。
狩野 高配位状態のリン-ホウ素、リン-アルミニウムという結合を持つ化合物の合成を行っています。これら電気陰性度の異なる元素同士が結合することで、ひとつの元素では達成できない反応を起こす可能性があります。
各元素の特性を利用し、蛍光物質を創り出す研究や、合成反応開発なども行っています。ただやはり中心にやっていきたいのは、これまでこの世に存在していなかった化合物を創り出すことです。
狩野 人類は多くの元素を使ってたくさんの化合物を創り出してきましたが、まだその可能性を活かしきれていません。新しい化合物を創り出すことで、その可能性を明らかにしていきたいと思っています。
狩野 歴史の浅い研究室ですので、卒業生はまだ多くありませんが、化学メーカーや化粧品会社の他、公務員など幅広い分野で活躍しています。
狩野 真剣に研究をしたいという学生を歓迎します。ただ実験をこなすだけでなく、考えながら研究に取り組めるようになると良いですね。自分の手でこの世にない新しいものを作り出したいという人は、向いていると思います。
狩野 学習院大学は、都心にありながら緑が多く、全学部が一つのキャンパスに集約されているという特徴があります。勉強・研究はもちろん、様々な学生生活にも向いた、非常によい環境です。
若い時にはあまり方向性を定めすぎず、いろいろなことに興味を持つのが良いと思います。いろいろな考え方や取り組み方を身に付ければ、応用力を高めることにつながります。その上で、これはと思うものがあれば時間を忘れて取り組んでほしいです。最後までやり抜く力は、研究に限らずあらゆる場面で役に立つと思います。