大野研究室

同位体比に刻まれた地球史
大野 剛 教授

原子や分子の質量を測定する「質量分析」は、化学の世界で重要な分析手段であり、その応用範囲は広大です。大野剛教授は、質量分析の技術を生かして、太古の地球史の解明から身近な環境問題まで広く研究を進めています。

大野剛教授

質量分析で地球史をひもとく

――先生のご専門は環境地球化学とのことですが、どのような研究なのですか?

大野 質量分析という手法をベースに、地球の歴史や現代の環境問題を解き明かしていく研究を行なっています。質量分析というのは、簡単にいえば原子や分子の質量を測定する手法です。私の場合は、各種の元素の同位体比を調べることで、地球の歴史や環境問題を解明しようとしています。

――原子の質量は極めて小さなものですが、どうやって測るのですか?

大野 質量分析機器にはいくつかタイプがありますが、基本的な原理は共通です。まず原子や分子をイオン化し、電場や磁場をかけてやります。すると、その影響でイオンは装置内を飛行しますので、その距離や曲がり具合を測定することで、質量を割り出すことができます。我々がメインで使っているのはICP-MSと呼ばれるタイプのもので、多くの元素を同時にイオン化できる利点があります。たとえば水道水の分析なら、1兆分の1の濃度(1ppt)の元素を検出できるほど感度が高いものです。

――原子の質量測定が、なぜ地球の歴史解明につながるのでしょうか?

大野 たとえばジルコンという鉱物は、生成する時にウランを取り込みます。ウラン238は約45億年という長い半減期で放射線を出し、最終的に鉛206という安定同位体に変化してゆきます。つまり、ジルコンに含まれているウランと鉛の比率を測定することで、そのジルコンが何億年前にできたものか推測できるわけです。

また、ジルコンはスカンジウムやニオブといった微量元素を含んでいます。これらの含有量から、ジルコンが大陸の近くでできたか、海洋の近くでできたかといったことがわかります。これらのデータを読み解いていくことで、たとえば45億年前には大陸がどのくらい存在していたかといったことがわかってくるわけです。

――こうした知見は、科学の中でどういう意味を持ってきますか?

大野 40億年以上前の時代(冥王代)の地層などは残っていないため、わかっていないことが多いのです。この時代、地球がどのような環境であったか、それが生命の誕生という一大イベントにどう関わったのか、解明に貢献できればと思っています。

質量分析機器

原発事故と質量分析

――この分野に入ったきっかけは?

大野 学生時代には東京工業大学で地球惑星科学を専攻し、博士号取得後は青森県六ケ所村にある環境科学技術研究所で環境放射能測定なども経験しました。その後ケンブリッジ大学の地球科学科に留学し、2011年4月から学習院大学に着任したのですが……。

――東日本大震災の直後ですね。

大野 はい。このタイミングで福島第一原発事故が起こり、放射性物質が漏洩する事態になりました。当時研究室の代表者であった村松康行先生の専門が放射化学であったこともあり、放射性元素による汚染実態の測定を、我々も行なうことになりました。

そこで我々の得意とするICP-MSを活用して測定できるよう、工夫しました。その結果、今までは大きな施設でしか分析できなかった放射性同位体を、実験台に載るような装置で迅速に測定することができるようになりました。こうした分析の結果、たとえば福島原発の事故では、1号機よりも2号機、3号機からの漏出が多かったという結果を得ています。

――他にも応用範囲は広そうですね。

大野 たとえばマグロなどの大きな魚には数ppm程度の水銀が含まれており、妊婦さんが食べ過ぎるとおなかの中の赤ちゃんに影響を与える可能性が指摘されています。この水銀は、火山の噴出物、海外の金鉱での精錬用、火力発電の石炭などから来たものです。そこで、水銀の同位体比を調べることで、汚染の起源を推定するような研究も行なっています。

――原子の質量を測るという一見単純な手法が、地球の歴史から現代の社会問題まで広く活躍するのですね。

学生のみなさんへ

――研究室はどのような方針で運営されていますか?

大野 興味のないことを無理やりやらせても結果にはつながらないと思いますので、学生の興味に合わせてテーマを割り振るようにしています。自主性を尊重して、休みなども比較的長めですが、正月でも早くから出てきて実験する熱心な学生もいます。

研究機器のひとつ。学生のみなさんの工夫が加わっている

――どのような学生に来てほしいと思いますか?

大野 どういう研究がしたい、こういうことを知りたいと、自分で考えて自分でモチベーションを見つけ出せる人ですね。また、生意気でもいいので自分の意見を言える人。私自身もそのような研究室で育ちましたので、しっかり意見できる環境を整えたいと思っています。

――学生の進路は?

大野 やはり化学企業の分析部門などが多いです。研究室で汎用性のある分析機器を使っていますので、就職後もそのままスキルを活かせる点で有利かと思います。

――若い世代にメッセージを。

大野 受験科目だけというのでなく、広く学んでほしいと思います。また、考え、伝えるための不可欠なツールですので、やはり文章力を磨いてほしいと思います。回り回って自分の力になりますので。

――どうもありがとうございました。

 

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