複雑な有機化合物を狙いどおりにフラスコ内で作り上げる有機合成化学において、触媒はきわめて重要な役割を果たします。秋山教授は、「デザインされた酸」を触媒に使って精密に反応をコントロールすることに成功し、多くの国際賞を受賞するなど優れた功績を挙げている研究者です。
秋山 炭素を含む分子には、鏡像異性体を持つものが多くあります。こうしたキラルな分子は、生体にとっては性質が異なっており、場合によっては一方が医薬になり、一方が毒になるようなこともあります。ですので、一方だけを選んで作ること(不斉合成)は非常に重要な課題です。そのためにいくつかの方法が知られており、不斉触媒はその一つです。
秋山 触媒は、分子構造のデザイン次第で、いろいろな反応を行なうことができます。不斉触媒は、キラルな分子を触媒として反応を行ない、必要な一方の鏡像異性体(キラル化合物)を優先的に作り出す方法です。少量の触媒から、多量の不斉な化合物を作り出すことができますので、非常に効率に優れています。有機合成研究の王道ともいえる分野で、過去にノーベル賞も出ています。
秋山 これまでいろいろな不斉触媒が開発されており、その多くは金属元素を使うものでした。私はこれを、ずっとシンプルにキラルなブレンステッド酸(水素イオンを放出する化合物)でできないかと考えたのです。
秋山 ある種の分子に水素イオンを作用させると、結合して陽イオンになります。ここに、電気的にマイナスにかたよった分子を加えると、プラスとマイナスが引きつけ合って結合します。これを利用して、大きな分子を組み上げていくわけです。
秋山 キラルな酸といいましても、もちろん水素イオンはキラルにはならないので、対となる陰イオンに不斉要素を持たせています。まず、ビナフチル基というねじれた形の骨格に、リン酸を組み込んだキラル分子をデザインし、マンニッヒ反応という反応に用いてみました。
秋山 反応は進行しましたが、右手型と左手型の分子がほぼ1:1の割合でできてきました。しかしそこで、担当していた学生があきらめず、フェニル基を組み込んだ触媒を作ってみたところ、62:38の割合で一方の鏡像異性体が優先的にできてきたのです。これが大きなブレイクスルーになりました。さらに触媒の構造を変えてゆくことで、ほぼ一方の鏡像異性体だけが合成できる条件が見つかりました。こうしたところは、試行錯誤を繰り返す他ありません。
秋山 研究の流れによるものでもありますが、実はこの研究を始めたころは、メンバーがまだ実験に不慣れであったので、なるべく操作が簡単な実験にしようとした結果でもあります。
秋山 有機合成反応で用いられる触媒は、重金属を含んでいるものが多いのですが、これらは高価であったり毒性があったりで、工業的には使いにくいことがあります。我々の触媒は、この点で優れています。また単純なブレンステッド酸ですので、多くの反応に応用ができるのもよいところです。
秋山 こうした有機分子だけでできた触媒、つまり「有機触媒」と呼ばれる分野は、2000年ごろから世界的に大きなトレンドになっています。意識はしていなかったのですが、結果として我々の触媒もその一つということになり、各国の研究者によって展開されています。最近では、我々と独立に同様の構造の触媒を研究した寺田眞浩先生(東北大)の名と合わせ、「秋山・寺田触媒」と呼んでもらえるようになりました。また、詳しいところは公開されていませんが、医薬品の中間体合成にも使われたという話を聞いています。
秋山 中国やスペインなどから留学生も迎えたり、こちらから派遣したりということも多く、よい経験を積んでくれていると思います。現在も、大学院生が1名スペインの大学で研究しています。国際交流の面では、この学科の中でも最も盛んかもしれません。
秋山 修士課程で卒業した学生は、多くが化学企業に進んでいます。就職状況は最近特に良好です。
秋山 数学者・藤原正彦氏の「若き数学者のアメリカ」は学生の頃に読み、最近また買い直して読み返しています。私は30代になってからスタンフォード大学に留学しましたが、この本の影響もあったと思います。
秋山 研究には苦しいことももちろんありますが、それを乗り越えて初めて見えてくる喜びを味わってほしいですね。有機化学という分野は、今まで誰も作ったことのない化合物を自分の手で作り出せる、楽しい学問ですから。