稲熊研究室

「スター」の新たな顔を引き出す
稲熊宜之教授

 パソコンや携帯電話などをはじめとしたハイテク製品には、さまざまなエレクトロニクス材料が用いられています。現代ではこのような材料のもととなる化合物を、理論的な予測に基づいて設計し、原子の配列を制御することで作り上げています。

 稲熊宜之教授はそうした分野の研究者の一人であり、各種の元素を組み合わせることで、新たな機能を持った化合物を創り出そうとしています。その中心となっているのは、ペロブスカイト構造と呼ばれる、この分野の「スター」というべき化合物群です。このペロブスカイト構造の魅力と、その研究の進め方について話を伺いました。

稲熊宜之教授

経験と出会い

――先生のご経歴を教えて下さい。

稲熊 昔からいわゆる基礎的な研究に興味があり、東工大では光音響効果や、当時ブームであった高温超伝導体の探索などの研究を行っていました。修士課程を修了した後、企業に就職したのですが、そちらでは全く畑違いの高分子の部門に配属になりました。

――知らない分野で戸惑われたのでは?

稲熊 学生時代はどちらかというと有機化学は苦手で逃げ回っていたのですが、やってみると意外に面白く、ここで得た経験は後で生きました。そうした中、学生時代の恩師(中村哲朗先生、故人)から「助手にならないか」と声をかけていただき、3年半で退職して東工大に戻りました。

――戻られてからはどういう研究を?

稲熊 ランタン、チタン、リチウム、酸素から成る化合物の、誘電体としての性質を調べる研究をしていました。そのときに偶然リチウムイオンがよく流れる物質であることを見出し、この研究で博士号を取得しました。以来、このペロブスカイトと呼ばれるタイプの化合物の研究を続けています。

――ペロブスカイトとはどういう化合物なのですか?

稲熊 本来、ペロブスカイトというのは灰チタン石(CaTiO3)という鉱物を指します。これは、チタンと酸素がジャングルジムのようなネットワークを作り、そのすきまにカルシウムイオンが入り込んだ形です。これと同じタイプの構造をペロブスカイト構造と呼んでおり、いろいろな元素の組み合わせのものが、これまで発見・合成されています。

ペロブスカイト。水色がチタン、赤が酸素、中央がカルシウム

――どういう性質があるのですか?

稲熊 コンデンサの材料として広く使われるチタン酸バリウムは、ペロブスカイト構造をとる物質の代表です。その他、高温超伝導、イオン伝導、磁気抵抗、光触媒、蛍光体、太陽電池など、ほとんど何でもというくらいいろいろな機能を持ったものが見つけ出されており、機能の宝庫と呼ばれています。無機材料の世界のスターですね。

欠陥が重要

――なぜペロブスカイト構造はそうした興味深い性質が現れるのでしょうか?

稲熊 まずペロブスカイト構造は非常に安定で、いろいろな元素がこの構造を作れるということがあります。すると、元素の組み合わせによって性質が変わりますし、原子の大きさによっては構造がねじれたりゆがんだりということが起こります。これが面白い性質を引き出すことがあるのです。 また、このジャングルジムのような構造を作っている原子が一部抜けて、欠陥ができることがあります。すると、たとえば欠陥を埋めるようにイオンが移動し、新しくできた欠陥に次のイオンが移り、という具合に電荷の移動が起こります。こうした、機能に結びつく欠陥を許容できるというのが、ペロブスカイト構造の面白さです。

――ゆがみや欠陥があるからこそ、いろいろな機能が現れるというのは面白いですね。

稲熊 いろいろな元素を加えて性質をチューニングできますが、元素の種類にも限りがあるので、2種のイオンを組み合わせて加えたり、高圧をかけて合成したりといろいろなことを試しています。今までは陽イオンをいろいろと変えていましたが、最近は酸素の代わりにフッ素や窒素を入れたり、陰イオンを変換するのが新しいトレンドになっています。

ペロブスカイトを作る

――狙った構造を作ることはできるのですか?

稲熊 設計した通りに原子をひとつひとつ積み重ねていくようなことはできませんので、条件をさまざまに変えて、狙ったものができないか試す方法がメインです。狙ったところの元素を取り替えたり、挿入したりということも研究していますが、まだ手探りの段階です。逆に言えば、大きなブレイクスルーの余地もまだあると思います。

――狙い通りの機能を引き出すのは難しいのでしょうか?

稲熊 このようなものを作ればこういう機能が発現するのでは、と作業仮説を立てた上で新しい化合物を合成しますが、思わぬ構造のものができたりということも多いです。そこから新しい研究テーマが生まれたりということも少なくありません。

実験に使われる装置の一つ

――たとえばどのようなテーマを研究されているのですか?

稲熊 電池の材料、蛍光体、光触媒などの光機能材料、誘電体に関する研究など、学生ごとに研究テーマはバラバラです。ただ、やはりそれらには見えないつながりがあります。学生には、他の人のテーマにも気を配り、どうつながっているか気付けるようになると、より研究が面白くなると伝えています。

――やはりそういう学生さんに研究室に来てほしいですか?

稲熊 とはいえ、どういう学生が伸びるかはわからないですね。たくさん実験をこなせる人、知識のしっかりしている人、いろいろな才能があります。ですから、来たいという人が来てくれればいいと最近は思っています。ただ、いろいろなことを面白がれるというのはとても重要なので、そうしたところを伝え、引き出すのが私の仕事ですね。

学生の皆さんへ

――若い学生さんへのメッセージをお願いします。

稲熊 ひとつの道や形式にこだわらず、自分の興味のあることに挑んでほしいと思います。若いからやり直しはききますし、学問の世界はつながっています。研究をしていると、世界は狭くて近いですから、いろいろな人に会って、自分の道を見つけてほしいと思います。

――おすすめの本などお願いします。

稲熊 森毅先生の「数学受験術指南」は、私が受験生であったころに読んだ本です。受験術とタイトルにありますが、受験にこだわることはないよという内容で、ホッとした記憶があります。本は出会いだと思うので、書評やおすすめで見かけたら、ジャンルにこだわらず読んでみるのがよいと思います。最近では、神谷美恵子先生が50年以上前に執筆された「生きがいについて」に出会いました。一言では語れませんので、心の問題に関心のある方には是非読んでもらいたいと思います。

 

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